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寒い朝 ひとりの夜

いまは 蛇口(じゃぐち)をひねれば お湯が出ますが
子どものころは
台所も 洗面所も 水が出るだけで
ありがたい 生活でした
冬は どんなに 寒くても
冷たい水で ごしごしと 顔を洗って
身を切るような 風の中
海辺の道を 自転車で
中学校に 通っていました

寒い朝には 海から 湯気が立って 温泉のようになります
もちろん 海がお湯になったわけでは ありません(笑)
外気温の方が 海水温より 低くなっていたのでしょうね


寒くなってくると 思い出すのは
高校へ行くために 受験勉強をしていた 頃のことです
母が 原因不明の 病気になってから 数年
ようやく 病名がわかった 大学病院で
何度も 命がけの 大変な手術をして
いつ 帰ってこれるか わからない 入院中 でした

たびたまは 部活動を したことが ありません
理由は 運動が苦手 だったことも あるのですが
何より 母が いなかったので
「帰りが遅くなるから」
そして
「運動をすると 洗濯が 大変になるから」

学校から 帰ると 夕食の支度をして
弟と二人 ごはんを食べて 食器を洗って
明日の分の お米を といで
お風呂に入って 洗濯をして 干して
毎晩 9時に 寝ていました

父親は 家庭 というものに
まったく 無頓着(むとんちゃく) でしたので
仕事が終わると パチンコに 直行し
ひどいときには 連絡もなく 外泊すら するほどで
まったく あてには できませんでした

隣に 祖母(母の母)が 住んでいたので
湯がいた野菜を もってきてくれたり
掃除や 洗濯を してくれたり していたのですが
当時すでに 腰も 折れ曲がり
一日中 農作業をして 疲れている ばあちゃんに
なるべく 面倒を かけたく ありませんでした

それでも ばあちゃんは 一生懸命
不憫(ふびん)な 孫たちを 気にかけて くれました

父親が 夜更けても 帰ってこない 夜
いきなり 真っ暗な 外に ひとの気配がして

ガチャガチャ!
ガタガタ!

鍵(かぎ)をかけた戸を 無理やり こじ開けようとするので
「泥棒か?」
弟とふたり 一瞬 フリーズしたことも ありますが
犯人は 戸締まりを ちゃんとしているか
心配して 確かめにきてくれた 祖母でした(笑)

この ばあちゃんのことは いずれ
改めて 書くこともあるかと思いますが
仏(ほとけ)のような 心根の ひとでした

さて 話を もとに戻して・・・

夜9時に 床についた たびたまは
朝の3時に 目覚ましで 起きて
それから 6時に 朝ご飯の支度を 始めるまで
おこたで 勉強を していました

うっかり 寝坊してしまうと
受験勉強 どころか
宿題も 予習も何も やっていませんから
大変なことに なります(^ ^;)

なかなか スリリングな 生活スタイルでした

東の空が 白んでくるころ
隣の家から
じいちゃんの 読経(どきょう)の声が
聞こえてきます

たびたまは この時間が 一番 好きでした

春夏秋冬 来る日も 来る日も
じいちゃんの読経が 聞かれない日は ありませんでした

いまはもう
じいちゃんも ばあちゃんも この世にはおらず
霊界から たびたまたちを 見守ってくれています

父 母 弟 たびたま それぞれの
この世の課題を パスするための 受験勉強は
引き続き 進行中です(^ ^)

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