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京都へ行ってきました(3)

●3日目 京都駅周辺
もっと時間があったら太秦も見物してみたいし、「京都地検の女」とか「科捜研の女」とかのロケ現場を探したりもしてみたいけれど、それはまたいつかのお楽しみということにして、京都最終日の今日は、疲れたらいつでもすぐに京都駅に帰れる範囲で散策することにした。


地下自由通路で見つけた可愛いの。


歩道に整然と置かれているゴミ。ネットも何もかけてないけど、カラスに荒らされないの? 京都のカラスは景観保護意識が高いのだろうか。


「火の用心」のポスターも京都ならでは。


●東寺

歩きながらガイドブックを見てどこに行こうか考えていたら、割と近くにあったので、東寺まで来た。


「秋の特別拝観」期間中で、普段見られないところも見られるらしい。


日本一の高さを誇る国宝五重塔は、1階部分に鳩よけネットを張る工事をしていて、ちょっとばかり不細工なことになっていたので、1階部分が写らないアングルを探して写真を撮った。あいにくの曇り空で、しかも逆光気味?


修学旅行にしては寂しい人数の高校生たちが、ゆる~い雰囲気を漂わせてそぞろ歩いている。

1人の女子生徒を相手にえらいスラスラと解説してあげている男子がいて、「すごいなこの彼氏、よう知ってるなあ。お寺の息子さんかな、さすが京都」と感心していたが、あとでその彼女にこっそり聞いたら「宗教の先生です」とのこと。境内にある洛南高校の生徒たちが、宗教の授業で見学に来ていたのだった。どうりでみんなやけにリラックスしてると思った。それにしても若い先生だ。宗教の時間が楽しそう。(こっそり横で立ち聞きした解説、けっこう面白かったし)。


「観智院」は、真言宗を代表する学問所であり、多数の貴重な資料を収蔵する図書館である。客殿に入ると、「定年退職した高校の歴史の先生」といった雰囲気を漂わせた初老の紳士が待ち構えていて、「よろしかったらボランティアでご案内しますよ」と言われるので、ありがたく解説をお願いした。

弘法大師が唐から戻ってくるとき、密教法具を投げて荒れた海を鎮め難破を免れた逸話を描いたという「五大の庭」が面白かった。宮本武蔵直筆の襖絵もある。庭と建物だけでも一見の価値がある。詳しい説明は東寺のサイトでどうぞ。


●東本願寺別邸 渉成園(枳殻邸)

ところかわって渉成園。お昼を食べた蕎麦屋の娘さんに教えてもらって来てみた。徳川3代将軍家光から寄進された土地に東本願寺13代宣如上人が隠居所を置いたのが起源で、別称の「枳殻(きこく)邸」とは、周囲に枳殻(からたち)の生け垣を配したところから来ている。1936(昭和11)年に国の名勝に指定された回遊式庭園だ。


庭内を流れる水に陽が射して、得も言われぬ美しさ。どの位置から見ても素晴らしい庭だ。庭というよりは、人の手によって完成された理想の自然。


「回棹廊(かいとうろう)」と名付けられた木橋。安政の大火(1858年)に消失して、1884(明治17)年ごろ再建されたという。もとは朱塗りの欄干だったらしいが、今は檜皮葺の屋根で落ち着いた風情だ。


こちらは、雪の積もった橋の有様を頼山陽が玉龍にたとえたという「侵雪橋(しんせつきょう)」。


あのビルがなければ完璧な風景なんだけどなあ。


「蘆庵(ろあん)」の春日燈篭(とうろう)。「蘆庵」というのは二階建ての茶室につけられた名前。

渉成園には橋だけでなく、魅力的な木造建築がたくさんあるのだけど、そのほとんどが締め切りで、中を見られたかったのは残念だった。その代わり、受付で拝観料(志納)をおさめたときにいただいた、びっくりするほど立派なパンフレットには、建物の中の様子も一部紹介されている。


見るべき場所があまりにも多すぎて、どこを見たらいいか自分では決められず、地元の人に聞いて歩いた今回の旅。おかげさまで、「来てよかった~」と思える素敵なところを教えていただき、ありがとうございました。またいつか、京都にお邪魔しまーす。


そうだ また京都、行こう。 by たびたま

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