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手術と入院の記録: 2日目(手術)

2010年9月28日(火)
手術当日
●飲食禁止
●朝7時に浣腸。手術室で尿管挿入
●手術室に行く前から点滴を始める
 (貴重品・貴金属類はすべて体から外す。)


●0520 目が覚める。あまり眠れなかったとはいえ、さほど気分は悪くない。6時には検温に来るから、その前に一度くらいお通じがあるかと思ったが、ゆうべからぜんぜん水分を取っていないこともあり、どうも難しい。夜中には薬の作用か、けっこう腸が動いていたのに、朝になったらすっかりおとなしくなってしまっている感じ。

●7時に浣腸。子どものころに「イチジク浣腸」をされた記憶はあるが、なんだか馬鹿でかい注射器で、「イチジク」の何倍もの分量の液体を注入するもよう。「便が出たら、流す前に呼び出しブザーを押してナースを呼んでください」と言われる。えー。恥ずかしいなあ。入院前の緊張からか、この2日間ほど便秘気味で苦しい。私は常日ごろ、「お通じの管理イコール健康管理」との信念のもと、毎日2~3回のクオリティの高いお通じ(バナナ型・柔らかいこと・比重が軽くふわふわしていること・できるだけ黄色に近いこと)を心掛けているので、その理想にほど遠い現在の状況は、とてもつらい。浣腸の後トイレに行って、ある程度は出たものの、スッキリ感は皆無。こんな感じでいいのかとても心配だったが、ブザーを押して看護師さんを呼んでチェックしてもらうと、浣腸をするのはあくまで手術中の「漏れ」防止で、腸内の便をぜんぶ出してしまわなければいけないわけではないですから大丈夫ですよ、と言われて、少し安心する。それにしても浣腸ってずいぶん体力を消耗する。何だか腸の中が傷だらけになってる感じ。ぐったり、ゲッソリ。ものすごく疲れた…。

●8時半から点滴を入れる。若い医師が来て、一度左腕に入れたが、腕が痛く、腫れてきたので、右に刺し直す。右利きの人は右手を使いやすくするため、邪魔にならない左腕に点滴を打つのが普通なのだそうだが、私は血管が細くて難しいようだ。右利きだから右の方が血管が太いので刺しやすいのだ。今後は、次回点滴を打つ事態に備えてもっと左腕を鍛えておくべし。そんな事態にならないことが一番望ましいのだが。

この点滴の管を利用して、手術時は点滴と並行して別の分岐点から全身麻酔の薬を注入し、同時に背中に刺したチューブから局所麻酔(硬膜外麻酔)を注入する。麻酔は手術が終了すると止めるので、手術後すぐに目が覚めるという仕組みらしい。(手術後も腕に刺した点滴は引き続き続けられるし、背中のチューブは痛み止めの薬を入れるのに使われる)。

全身麻酔をかけている間は呼吸が止まっているので、強制的に呼吸をさせるためにのどから酸素を通す管を入れる。その際に管が歯にぶつかって欠けたりすることもあるらしく、「入れ歯はつけてませんね。グラグラして抜けそうな差し歯はありませんか」と何度もしつこく聞かれる。「入れ歯はないですけど、できれば歯にぶつけないで優しく挿入してください」と、まあ当たり前のことだが、念のためしつこくお願いしておく。

●8時半過ぎにパパと我が背子が到着。パパは歩行器につかまって立っているのもやっとなのだからわざわざ来てくれなくてもよかったのだが、病院のことは自分が一番詳しいという自負があるものだから、「この一大事に僕がついててやらねば」との親心だろう。ありがたいけど、正直パパの方が心配だ。

手術前にA先生が来てくれる。「手術してくださる先生です」と2人に紹介する。

手術室へ向かう準備をしている間、2人には病棟のデイルームで待ってもらっていたが、私が手術着に着替え、ストレッチャーに乗せられ、そろそろ9時ですから手術室へ行きますよー、とナースが声をかけているのに、2人でのんびりパンなど食べている。我が背子は難聴だし、パパは動作が遅いし、ナースが私だけ先にエレベータに運び入れ「ちょっと待っててくださいね」と言い置いて、2人を呼びに行きながら携帯電話で「はい、すみません…今ご家族待ちです」などと言っているのが聞こえ、私はストレッチャーに寝たまま気が気ではない。まったく子どもの遠足じゃあるまいし、せめて手術が始まってからゆっくり食べればいいじゃないかーーっ。それからようやくあたふた追いついてきた2人をいっしょにのせて、エレベータで1階に下り、そこで分かれて手術室へ。ナースがストレッチャーを押しながら「遅れてすみません」と入っていく。ああ恥ずかしい。

●ストレッチャーから手術台に移る。右半身を下にして横向きになり猫のように背中を丸めて、硬膜外麻酔のチューブを入れるための痛み止めの麻酔を打ってもらう。背中にたんまりイソジンを塗られる。針を刺す時の痛みと、中に薬が入っていくときのグーッと押されるような痛み。ものすごく痛いと聞いて気絶するくらいの痛さを覚悟していたおかげで、さほどひどい痛みには感じなかった。この第一の注射で皮膚表面を麻痺させておいて、いよいよ硬膜外麻酔のチューブを入れる。まず太い針を刺し、その穴を通してチューブを差し込み、針だけを抜き取るという寸法だが、何しろそのころには先の麻酔が効いているから、いつチューブが挿入されたのかもよくわからない。ただ硬膜外という非常に狭いところに針を刺すので、「針を刺している間は絶対に動かないでください」と何度も念を押された。

●そのあと、仰向けに向き直り体勢を整えて、ベッドの両脇に突き出している台に腕を固定される。この台の角度が右腕と左腕でずれているのが気になって、「左右の角度は同じになってますか、同じ角度にしてください、小さなことが気になるたちなんです、僕の悪い癖」とか言ったかどうか、とにかく何度もしつこく確かめてもらったのと、手術のあいだ体を覆っておくものらしい保温シートみたいなもののしわを気にしていたことまでは覚えているが、全身麻酔をいつかけられたのだか、それがまったく記憶にない。次に意識が戻ったのは手術後だった。

●麻酔科の医師に「○○さん、○○さん」と名前を呼ばれて起こされる。きのうの麻酔の説明書には「麻酔から覚めたら麻酔医の手を握ります」と書いてあったが、手を握れと言われただろうか? 足を動かしてみてください、とは言われた気がする。目を開けると、まわりに麻酔科の先生と看護師さんたちが私を囲んで顔を覗き込んでいる。ああそうか、なんか熟睡して気持ちよく夢を見てると思っていたが、今手術が終わったんだ、と気がつき、皆さんが一所懸命集中して手術をしてくださっていたというのに私一人だけがのほほんと熟睡して夢なんか見ていて、今起こされたときだって「ちっ、ゆっくり寝かしてよ」なんてほんの一瞬でも思ったことがまことに申し訳なく、思わず両手を合わせて「お疲れ様でした。ありがとうございました、ありがとうございました」と、歌い終わった演歌歌手みたいに四方にお礼を言う。

「いま何時ですか?」
「11時15分だよ」
そうか、手術は2時間ちょっとかかったのだな。そこでハッと気づいて「A先生、A先生はっ?」と慌てて尋ねると、麻酔の先生が「A先生あっちにいるよ」と指さして教えてくれた。その方向に向かって「A先生、A先生~!」と呼びながら手をふると、向こうの方で小さな人が手を振り返してくれている。ああ、あれだ、あれがA先生だべ。「先生、お疲れ様でした。ありがとうございました、あっりがとうございました」と合掌して拝み、周囲に微笑される。

「取ったやつ見たいですか?」と横から誰かに聞かれたので、「見たくないですけど」と答えると、「え、見たくないんですか?」と残念そうに(?)聞き返されたので、「見たくないけど見せてください」と答える。「見たいなら最初から見たいと言え!」と突っ込んでくれるかと思ったが、そこは皆さん大人で、微笑しただけだった。そんなわけで摘出した子宮を見せてもらう。もっとグロテスクなものかと思ったが、真っ赤でみずみずしくてきれいな子宮(というかほとんど全部筋腫だけど)だった。「あっ、デジカメ持ってくればよかった!」と叫ぶと、「大丈夫だよ、写真撮ってあるよ」と誰かが言った。写真くれるのかな。

●手術室から運び出される。パパと我が背子に迎えられる。「待っちょってくれたの?」パパの手を握る。パパが目をくりくりさせて天使のような優しい顔して「よう頑張ったね」とほめてくれる。いやー私はお気楽にグースカ寝ていただけで、頑張ってくださったのは医者と看護師の皆さんでございます。酸素マスクをかけているせいか、一生懸命話しているのにこちらの言っていることはいっこう向こうに伝わらないようだ。のどがカラカラ。我が背子は補聴器をつけていても言葉がよく聞き分けられないし、私も大きな声ではっきりくっきりしゃべる元気はとてもないから、紙とペンをとってくれと身振りで示し、筆談で「パパのホームのお昼は」と尋ねると、きょうはキャンセルしているという。病院の食堂で食べてくるようにと言って、2人がいなくなってからまた眠る。しばらくして「ラーメン食ってきた。ここの食堂はいいなあ、きれいだったよ」とか興奮した様子で戻ってくる。再び筆談で「もう帰ってもええよ」と伝える。パパは相当疲れている様子。「きょうはありがとう、長いこと待たせたね、ごめんね、くたびれたでしょう、えらかったね(=山口弁で大変だったの意)」と言ったら「うん、くたびれた」と言う。帰ってもええよと言ったら明らかにほっとしていた(笑)。ありがとね。

●手術前から、体じゅうにいろんな装置がついている。鼻と口には酸素マスク。胸には心電図の電極が3つ。左手の指の先には体内の酸素量を測るクリップ(パルスオキシメータ)。腕には血圧計のバンドが巻かれており、一定時間ごとに膨らんで腕を圧迫しては自動で血圧を測定する。血栓予防のストッキングを履いた両足の先には、数秒ごとに左右交互に膨らんで足先を圧迫しては血流を促すポンプの役割をする装置がとりつけてある。この機械を嫌がる人もいるらしいが、私の場合はどちらかといえば心地よく感じたし、その後2日間続くことになる絶え間ない吐き気からわずかなりとも気をそらしてくれるアイテムとしても有難かった。こういう便利な装置が開発されるまで、血圧を測ったり足をマッサージしたりといった手間は全部看護師の仕事だったのだろう。母が入退院を繰り返していた何十年も前に比べると、何もかもずいぶん進歩してるんだなあ。ありがたや、ありがたや。ちなみに尿管には導尿カテーテルが挿入してあり、硬膜外麻酔を入れていたチューブからは、今は痛み止めの麻薬が常時注入されている。尿管はおしっこのたまる袋につながり、背中のチューブは痛み止めの袋がはいったバルーンにつながっている。

●麻酔から覚めてしばらくは何とも感じなかったのだが、午後になって吐き気を覚え、それから二昼夜の間、痛みよりも何よりも猛烈な吐き気に苦しむことになる。人生でこんなに大量の胃液を吐いたことはない。一番つらかったのは、動けないので、吐くたびに口をゆすげないこと。胃液の酸で歯が溶けたらどうしよう。看護師が回ってきたときに、吸い飲みとガーグルベースで口をゆすがせてもらう。翌日、自力で少し上体を浮かせられるようになってからは、手の届くところに洗口液のボトルを置いておいてもらい、自分で口をゆすげるようになって助かった。枕元(というか顔のすぐ横)にポリ袋をかぶせたガーグルベースを置いておいてもらって、すこしウトウトしては吐き、吐いてはまた少しウトウトする、といった具合。看護師はときどきポリ袋だけを取り換えればよく、ガーグルベースが嘔吐物で汚れないというのはいいアイデアだと思った。しかし頭のすぐ横にガーグルベースがあるから、いつひっくり返すか気が気ではなかったのも事実だが、もうそんなこともよくわからなくなるくらい、ただただ夢うつつで吐き続けていた。真横を向いていればいくらかはましだが、体がきつくなって仰向けになろうとすると途端に吐き気が襲ってくる。その繰り返し。

●看護師がたびたび見にきてくれる。一度、真夜中に目覚めたとき、何か小さな光が見えるなと思ったら、すぐそばのデスクに座って、リーディングライトで書類に書きこみをしていた。「見守られている」という感じがする。ああ、これが「白衣の天使」なんだなあ。感謝。

●術後はずっと熱があり、タオルで巻いたアイスノンを頭の下に入れてもらっていたので、もともとベッドに備えてある枕は余っている。ずっと同じ姿勢で寝ている私の体位を変えるため、その枕を、看護師が体を斜めにして背中の下に入れてくれたが、小さな固い枕を1個背中に入れたところで安楽姿勢からは程遠く、かえって腰から下の支えがないためにのけぞる格好になり、傷を広げられていたずらに痛い。それをかばおうとすると、腰を支えるために背筋に力を入れて踏んばらなければならず、これではとてもたまらない。もう一つなにか詰め物をくださいとリクエストしたら、ペラペラに薄い柔らかい枕をもってきてくれた。とても安楽クッションの代わりにはならないが、ほかに何もないのだろう。しかたなく自力でどうにか2つの枕の位置を調整して頑張る。



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