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[C283] すごいです

たびたまさん、こんにちは。
私にはできないなあって思いながら読ませてもらいました。

ああ~、こういうことが仏教でいう「一人称」かなと思いました。
なかなか他人さまの気になれないものです。
ワタシはワタシ アナタはアナタですからね。

つい最近も感じたことですが、
Aさんが誰かのことを心配していると仮定します。
その誰かがあなただとします。
Aさんがあなたのことが心配だっと言っても、
当の本人は「私のことなど心配ない」と普通いいますね。
でも自分がAさんになったら、やっぱり心配になるようなものです。

「スズメはどこに行った?」と聞かれた弟子が
「さあ、どこでしょうね」と言ったら
「ここにいるじゃないか」と鼻の頭をつかまれた・・・という話で、
一人称で考えるといいと悟れますね。

お父さまも、きっとたびたまさんの顔を見て話され、
安心されますね。

[C285] まほさんへ

まほさん 深~いコメントありがとうございます(^ ^)
仏教で「一人称」というんですね
雀はどこへ行った?というお話は
雀=自分(わたし)と考えればよいというヒントですね?
(まちがっていたら教えてください)

皮肉やあてこすりを言いたい衝動に駆られるとき
「あなた」を「わたし」に置き換えてみると
相手に言いたいと思っていたことが そのまま
自分に当てはまる場合が よくあります
「一人称で考える」というのは 他人だけでなく
他人を通して自分を理解するという意味でも
大切なことですね

> お父さまも、きっとたびたまさんの顔を見て話され、
> 安心されますね。
おかげさまで きょうはだいぶ元気回復していました
いつも思ってくださって ありがとうございます(^ ^)

[C288] おっしゃるとおりです

たびたまさんのおっしゃる通りです。

私は中学の時、母が白髪をぬいてという意味がわからず、
何をそんなことって思っていました。
自分が40過ぎになると、少ない白髪が気になり、
同じことを娘に言うと、私が母にした言葉と同じでした。
自分が同じ立場に立ち初めてわかるんですね。

こんなことがありました。
入院中、95歳のおばあちゃんに、
「歩かないと歩けなくなるよう」って言ったら
「えらいんやでアンタもこの年になったらわかる」と。
そこで「長生きしておばあちゃんの気持ちを
実感してみるね」というと微笑んでくれました。


30・40年も待たないとできませんから、
わたしをあなたに置き換えてみる・・・
想像って大事だと思いますね。

答えなんて、年齢によって変わるんですが、
それでいいと思いますね。
とりあえずなんですね。
50歳で腹を立てていたことも、
70歳ぐらいには笑えるかも…です。

[C289] まほさんへ

> 私は中学の時、母が白髪をぬいてという意味がわからず、
> 何をそんなことって思っていました。
> 自分が40過ぎになると、少ない白髪が気になり、
> 同じことを娘に言うと、私が母にした言葉と同じでした。
> 自分が同じ立場に立ち初めてわかるんですね。

うんうん・・・ そうですよね(^ ^)
白髪のお話ではないけど たびたまが高校生のころ
母がよく
「ついこのあいだまで わたしが高校生だったのに」
というのを すごく可笑しく思って聞いていましたが
自分がそのころの母の年になると なるほど
やっぱり「ついこのあいだまで高校生」気分で
ぜんぜんおばさんになった自覚がありません(笑)
親だから、子だから、ということではなくて
成長して、老いていく、という過程を踏んで進歩する
一人の人間であることに 代わりはないんですよね

> 「歩かないと歩けなくなるよう」って言ったら
> 「えらいんやでアンタもこの年になったらわかる」と。

言ってる方は 本当に相手を思っての言葉ですけどね
頑張るのがきつくなってきた人にとっては
負担でしかないのでしょうね

「歩かないと歩けなくなるよう」って 昔
たびたまも さんざん言いましたよ、パパに。
その当時 パパはまだ60代
それなのに「もう年寄りだから 年寄りだから」
っていって しぼんでるんだもの ちょっとね・・・(笑)

でも、80代にもになると 「歩かなきゃ」っていっても
歩くのがしんどい、だからますます歩かなくなる・・・
それを責めても仕方がないから、せめて
歩かなくてもいいから 座ったままでも手足を動かしてね
とだけは 言っています
(やっぱり 寝たきりにはさせたくないですものね)

> 30・40年も待たないとできませんから、
> わたしをあなたに置き換えてみる・・・
> 想像って大事だと思いますね。

通ってきた道は 思い出すこともできるかもしれませんが
まだ経験したことがないことは 当人と同じように
感じることは できませんからね(^ ^)
自分のこととして想像するということ
そこが「優しさ」だと思います

> 50歳で腹を立てていたことも、
> 70歳ぐらいには笑えるかも…です。

そうですね ああこういうことだったんだなーってね(^ ^)

たびたまは 10代のころに腹が立っていたことは
いまだに 同じことをされれば腹が立ちますが(笑)
ぜんぶ丸くなってカドが全然なくなってしまったら
もう修行(生きてること)の必要はないんでしょうから
それもいいかな と・・・(笑)

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パパの大変な事件

携帯に パパから電話です

パパ も し、も し、
   あ、の、・・・
   パ パ、 で す が・・・

声が 震えています

不吉なサインです

精神的に 不安定な状態に なっています



たびたまは たいてい 毎週木曜日に
パパのところに 通っています

つい昨日も いつものように お昼から行って
確定申告書類を 作成してあげたり
いっしょに 歌のつどいに出て
機嫌よく(←パパが) 楽しんできた ばかりです


たびたま はあい、 こんにちは~
   どうですか 調子は?

 そ れ が ね
   たい、 たいへんな、 じけんが
   おこって しもうた

   あああ・・・

 大変なこと?


さては また 転んで頭を打ったか
それとも 脚の骨でも折ったか
はたまた 戸棚の板でも 落っこってきたか・・・


 うん それ が、 ね
   ぼくは ロ ロプシ・・・ ロプヒ・・・ロヒ・・・
   うーん・・・ロXXXXXX・・・と いう くすりを
   飲んじょるんじゃ が
   それは すいみんを 持続させる くすりで
   それが ちく せき されるから
   ぶれるんじゃ じゃから・・・

・・・ああ あの薬のことね

きのう パパから
「足がふらふらするから XX病院(精神科)
の せんせに ふらつく ちゅうたら
睡眠持続剤のXXXXXXXが 蓄積するから
半分だけ 飲みなさい と いわれた」
という話を 聞いたばかりです

そのことを たびたまに話したことを
パパは 忘れてしまったのでしょう

 そうでしたね
   それで 半分だけ 飲むように
   したんですよね?

 そう そう そうなんじゃ
   それで
   あさ 2時半ごろ なんかいも 起きて
   それから ずっと 寝らざったの

 そうなの 寝られなかったの
   それは 大変じゃったねぇ

 それで ぶれて よう歩けんの
   ようやく 立って 歩く ちゅうなこと

 え? お薬を半分にしたのに
   足がふらつくのは 同じなの?

 うん その くすりは
   すいみんを じぞくさせる くすりじゃから
   夜中に 目が覚めて
   それから 一睡も できんの

 うんうん 寝られなかったのよねぇ
   それは お薬を 半分にしたから
   目が覚めて 寝られなくなったのよね?

 うん それ それ

 と いうことは お薬を半分にしても
   歩けないのは 変わらないってことよね?

 いや そのくすりは
   すいみんを じぞくさせる くすりじゃから
   2時半に おき、て、 それから
   寝られ、 なく なって・・・

 うん うん それはわかったけど
   お医者さんが そのお薬が強すぎるから
   ふらふらするのかもしれないから
   お薬を 半分にしてみなさいって
   いったんだよね?

 うん じゃけど 寝られんの
   2時半に 目が覚めて いっこも・・・

 うん だから それは
   お薬を半分にしたから
   寝られなくなったんだよね?

 うん

 お薬を 半分にしたのに
   足がふらつくのが ぜんぜん変わらない
   ということは
   足がふらつくのは お薬とは
   関係ないかも ってことよね?

 いや この くすりはね
   すいみんを じぞくさせる くすりなの


・・・エンドレスです(笑)

この会話を続けるのは あきらめました(笑)



たびたまは 生来 理屈っぽいところがあって
ついつい 原因と結果を 明らかにしようと
してしまいます

いわゆる 「男性脳」というやつですね

でも 要するに ここでパパがいいたいのは
薬の服用の仕方と 身体症状の
因果関係ではなくて

「ボクがたいへんだから助けにきて」

ということなんですね



 こんど XX病院にいくとき
   わたしも いっしょに ついていこうか?
   それで お薬のこと もういっかい
   ちゃんと聞いてみようか
(普段は ヘルパーさんが同行してくれます)

 いや それは まだええ
   それよりか ボク 入院したほうが えかろうと
   思うんじゃ

 入院て どこに? 精神科に?

 うん



パパは 病院に入院しさえすれば
何らかの 医学的措置によって
自分の健康の問題が(原因にかかわらず)
解決するはずだ と 固く信じているのです

たとえそれが 老化による衰えであっても
パパにとって 身体の不調は つねに
医者なら必ず治せるはずの 「病気」なのです

治せない医者は ぜんぶ 藪医者(^ ^;)

逆に言えば 健康によい習慣を身につける とか
身体を動かして 運動機能を維持する とか
そのために リハビリに通う という意識が
抜けています

怪我をしたとき リハビリの先生から
教えてもらった 体操も
「ボクは 身体が弱いから 無理」
と はなから あきらめているし・・・

食べ過ぎて お腹を壊しても
肩が凝っても 腰が痛くても
あれこれ読みあさって 難しい病名を探して
(=自分で 診断を下して)
「専門科に 入院する」
というのが 口癖なのです


 入院ねぇ・・・ さぁ どうかなぁ
   パパ 入院なんか してしもうたら
   もう 帰ってこれんように なるかもしれんよ?

 うーん・・・ そうじゃねぇ

 まだ そんなに 慌てて
   入院するほどのことでも ないかもしれんよ?

 うーん・・・ そうじゃねぇ

 じゃあねぇ とにかく
   あした わたし行くからね

 来てくれるかね?

 うん わたしが 行けば
   パパは 安心なんでしょう?

 うん あんたが来てくれれば
   いちばんええ

 わかりました じゃあね
   あした いくからね
   あんまり 悪い方に 悪い方に
   思い詰めて 考えちゃ いけんよ

 うん

 病は気から じゃからね
   不安になったら ますます ふらついてしまうよ
   大丈夫 じきに 調子が戻るから

 うん

 歩けんでも 座ったままでも
   足は 動かさにゃ いけんよ

 うん そうしよう



昔はね・・・

「パパは大変なことになった」 ←口癖(笑)
「もうパパは いよいよ ダメじゃろうと思う」
  ↑ これも口癖(笑)
「血便が出た おそらくガンじゃろう」 ←痔でした(笑)

パパが ことさらに 大げさなSOSを
発してくる そのたんびに 振り回されて
そのたんびに 無理して かけつけて
けっきょく 何でもなくて(笑)
「もう~ いいかげんにしてよ(´o`)」
と イヤになったときも ありました

明け方に 電話がかかってきて
「夜 寝ちょって トイレに行こうとしたけど
間に合わざっった 漏らしてしもうた
今すぐ タクシーで来て」 と言われて
可哀想に 濡れた 冷たいおふとんで
震えているのかと 慌てて
取る物も取りあえず かけつけてみれば・・・

おふとんは ほんわか あったかくて
パジャマも サラサラで
「え? 漏らしたって どこに?」
きょとんとしていると
便座に座るのが 間に合わなくて
おむつに 漏らした というのです


・・・え それって
「漏らした」とは 言わないんじゃ?( ̄ー ̄;



こんな調子でね
パパの「大変」が 「大変」だったためしは
一度もなくて・・・ とうとう最後は
狼少年みたいに なってしまって(笑)

朝 出勤前の 忙しいときに
「きょう仕事休んで いますぐ来て
なんて 電話がかかってくると
「そんな急に休めません! いま急いでるから!」
ガチャン と 切っちゃったことも・・・(笑)

そのころには
(たびたまから見れば)何でもないことで
いちいち ひとを呼びつける パパに
呆れたし 腹も立ったし
次第に 優しくできなくなっていたんですね



でもね だんだん わかってきたんです

パパが 「大変な事件」っていうときは
たびたまにとって ぜんぜん たいしたことでなくても
やっぱり パパにとっては 大事件なんだ と

おしっこを おむつに 漏らしたときも
布団が濡れたかどうか パジャマが汚れたかどうか
という 「結果」が 問題なのではなくて
おしっこが間に合わなかった事態 そのものが
パパには すごくショックだったのでしょう

今朝のことだって
睡眠剤を半分にしたら 眠れなかった
という 事実よりも
医師の指示通りにしたら それが裏目に出て
思いもかけぬ結果が 起こってしまった

そのショックと 不眠による 心身の疲れで
パパは すっかり 動揺してしまって
どうしたらいいのか わからなくなったのでしょう

たびたまは 血のつながった 実の娘でもないのに
困ったとき 不安なとき
こんなに 一心に信じて 頼ってくれる というのは
ありがたいことですね

だから パパのために たびたまができる
精いっぱいのことを
パパが 生きていてくれる限り
しようと思います



きょうも最後まで読んでくださってありがとう by たびたま

P.S. 匿名さんへ
はい 拝読しましたよ(^ ^)
前の記事でも 書き込みがあれば メールがきます
ありがとうございます  


コメント

[C283] すごいです

たびたまさん、こんにちは。
私にはできないなあって思いながら読ませてもらいました。

ああ~、こういうことが仏教でいう「一人称」かなと思いました。
なかなか他人さまの気になれないものです。
ワタシはワタシ アナタはアナタですからね。

つい最近も感じたことですが、
Aさんが誰かのことを心配していると仮定します。
その誰かがあなただとします。
Aさんがあなたのことが心配だっと言っても、
当の本人は「私のことなど心配ない」と普通いいますね。
でも自分がAさんになったら、やっぱり心配になるようなものです。

「スズメはどこに行った?」と聞かれた弟子が
「さあ、どこでしょうね」と言ったら
「ここにいるじゃないか」と鼻の頭をつかまれた・・・という話で、
一人称で考えるといいと悟れますね。

お父さまも、きっとたびたまさんの顔を見て話され、
安心されますね。

[C285] まほさんへ

まほさん 深~いコメントありがとうございます(^ ^)
仏教で「一人称」というんですね
雀はどこへ行った?というお話は
雀=自分(わたし)と考えればよいというヒントですね?
(まちがっていたら教えてください)

皮肉やあてこすりを言いたい衝動に駆られるとき
「あなた」を「わたし」に置き換えてみると
相手に言いたいと思っていたことが そのまま
自分に当てはまる場合が よくあります
「一人称で考える」というのは 他人だけでなく
他人を通して自分を理解するという意味でも
大切なことですね

> お父さまも、きっとたびたまさんの顔を見て話され、
> 安心されますね。
おかげさまで きょうはだいぶ元気回復していました
いつも思ってくださって ありがとうございます(^ ^)

[C288] おっしゃるとおりです

たびたまさんのおっしゃる通りです。

私は中学の時、母が白髪をぬいてという意味がわからず、
何をそんなことって思っていました。
自分が40過ぎになると、少ない白髪が気になり、
同じことを娘に言うと、私が母にした言葉と同じでした。
自分が同じ立場に立ち初めてわかるんですね。

こんなことがありました。
入院中、95歳のおばあちゃんに、
「歩かないと歩けなくなるよう」って言ったら
「えらいんやでアンタもこの年になったらわかる」と。
そこで「長生きしておばあちゃんの気持ちを
実感してみるね」というと微笑んでくれました。


30・40年も待たないとできませんから、
わたしをあなたに置き換えてみる・・・
想像って大事だと思いますね。

答えなんて、年齢によって変わるんですが、
それでいいと思いますね。
とりあえずなんですね。
50歳で腹を立てていたことも、
70歳ぐらいには笑えるかも…です。

[C289] まほさんへ

> 私は中学の時、母が白髪をぬいてという意味がわからず、
> 何をそんなことって思っていました。
> 自分が40過ぎになると、少ない白髪が気になり、
> 同じことを娘に言うと、私が母にした言葉と同じでした。
> 自分が同じ立場に立ち初めてわかるんですね。

うんうん・・・ そうですよね(^ ^)
白髪のお話ではないけど たびたまが高校生のころ
母がよく
「ついこのあいだまで わたしが高校生だったのに」
というのを すごく可笑しく思って聞いていましたが
自分がそのころの母の年になると なるほど
やっぱり「ついこのあいだまで高校生」気分で
ぜんぜんおばさんになった自覚がありません(笑)
親だから、子だから、ということではなくて
成長して、老いていく、という過程を踏んで進歩する
一人の人間であることに 代わりはないんですよね

> 「歩かないと歩けなくなるよう」って言ったら
> 「えらいんやでアンタもこの年になったらわかる」と。

言ってる方は 本当に相手を思っての言葉ですけどね
頑張るのがきつくなってきた人にとっては
負担でしかないのでしょうね

「歩かないと歩けなくなるよう」って 昔
たびたまも さんざん言いましたよ、パパに。
その当時 パパはまだ60代
それなのに「もう年寄りだから 年寄りだから」
っていって しぼんでるんだもの ちょっとね・・・(笑)

でも、80代にもになると 「歩かなきゃ」っていっても
歩くのがしんどい、だからますます歩かなくなる・・・
それを責めても仕方がないから、せめて
歩かなくてもいいから 座ったままでも手足を動かしてね
とだけは 言っています
(やっぱり 寝たきりにはさせたくないですものね)

> 30・40年も待たないとできませんから、
> わたしをあなたに置き換えてみる・・・
> 想像って大事だと思いますね。

通ってきた道は 思い出すこともできるかもしれませんが
まだ経験したことがないことは 当人と同じように
感じることは できませんからね(^ ^)
自分のこととして想像するということ
そこが「優しさ」だと思います

> 50歳で腹を立てていたことも、
> 70歳ぐらいには笑えるかも…です。

そうですね ああこういうことだったんだなーってね(^ ^)

たびたまは 10代のころに腹が立っていたことは
いまだに 同じことをされれば腹が立ちますが(笑)
ぜんぶ丸くなってカドが全然なくなってしまったら
もう修行(生きてること)の必要はないんでしょうから
それもいいかな と・・・(笑)

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