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「信頼できる友人」

以前 何かのバトンで
「信頼できる友だちがいますか」 という質問があり
「いない」と答えた
そういう友だちが いるかいないか という以前に
「信頼できる友だち」って言葉に 引っかかる


こんなことを言うと
「まあ なんてひねくれた人なんでしょう」 と
思われるかもしれないけど
(思われても 別に構わないのだけれど)
「信じる」と「頼る」が セットになっているのが
どうも うさんくさい

食料品は 信頼できるお店で買いたい
これはわかる
子どもの家庭教師は 信頼できる学生に頼みたい
これもわかる

「この店なら おかしなモノは売らないだろう」
「この人なら うちの大事な子に
妙なことを教えたりしないだろう」
と 信じられる


信じているんだから
しっかり期待に応えてちょうだいね
頼んだわよ

信頼って言葉には どうしても そんな
契約書の条項めいた響きを 感じてしまう



自分の利害と関係なく
友だちを 「信頼」するって あり得るのだろうか

あなたは わたしを裏切らないわね
いつも そばにいてくれるわよね
困ったとき 助けてくれるわよね

信頼って そういうふうに
期待することじゃないだろうか

「友だちに 裏切られた」 なんていうのは
そういう期待が 思い通りに返ってこなかった
っていうことじゃ ないだろうか


期待に応えてくれないなら 友だちじゃない
そんなふうに思うとしたら
わたしは 果たして
その人の友だちと 言えるのだろうか

お金を払って 商品やサービスを買うのと
何が違うというのか


「信頼できる友人がいるか」ではなく
「わたしは 信頼に値する 友人か」
と 自分に 問うがよい

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