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木曜の午後は パパの時間



 「この筆箱は ボクがつくったんじゃ」
 「へぇっ パパ上手ね~ カッチリつくっちょるね~」
 「うん もとは 羊羹[ようかん]の木箱じゃったんじゃ」
 (・・・それって つくったと言わないんじゃ?( ̄ー ̄;)
       ↑陰の声(笑)

きょうは パパのところへ行ってきました

パパも ほぼ毎日の 病院通いやら
ほぼ毎日 ヘルパーさんが来たりやらで
忙しいひとなので(笑)
いままでは 事前に 連絡をして
何日の何時に行くか
話し合って 決めていたのですが
水曜の午前中か 木曜の午後がいい
ということが だいたい わかってきたので
最近は 木曜の午後に行く と 決めて
手帳の 毎週木曜日の
正午から夕方5時までを ブロックして
パパのために 空けています

急に 用事ができても 仕事が入っても
この時間枠は パパを優先する という
自分との 約束事です

今年になってから パパは
「今度の木曜日 来る?」
「あした 来る?」
と たびたまに 確認の電話を
かけてくるように なりました

正午すぎに うちを出て 自転車で ホームに着くと
ちょうど パパは お昼の食事が終わって
お部屋に帰ってきて 入れ歯を洗って
NHKの 連続テレビ小説「ちりとてちん」が
始まるころです

「ちりとてちん」を 一緒に見ながら
天草のデコポンを むいて
1房1房 わけてあげると
パパは 1房を 2口くらいで ゆっくりと 食べます

昔は たびたまのおかずの ソーセージを
奪って食べるほど 元気だった パパも(笑)
最近は すっかり 食が細くなり
食後のフルーツも 「別腹」とは いかなくて
デコポンを 半分も食べると お腹いっぱいです

 「パパ 『どんど晴れ』と 『ちりとてちん』は
   どっちが 面白い?」
 「うーん 『どんど晴れ』の方が えかったね」
 「あはは そうなん」
 「これは ちょっと だいぶん 妄想の場面が あるんじゃね」
 「ふーん」

たびたま的には
和久井映見が お母さん役をやってるのが
「へぇ~」という 感じでした

いつ見ても なんて 可愛い人なんでしょう~
「夏子の酒」のころと ちっとも変わらないように見えます

和久井映見が ヒロインでも
さほど 無理がないように 感じてしまう

でも 「夏子の酒」をやってたのは
1994年 なんですよね~

 「このお母さん 最近 大阪にばっかり 来ちょらあ」
 「そうなの? ほんとは どこの人なの?」
 「福井じゃね」
 「それで 今いる ここは どこなの?」
 「ここは 大阪じゃね
   娘が 大阪に来ちょるもんじゃから
   大阪にばっかり きちょるんじゃ
   お父さんは 若狭塗りの職人なんじゃね」
 「じゃあ お父さんだけ いつも福井にいるの」
 「うん」

そういえば 先週来たとき たしか
「五木ひろしが来る」(来そうで来ない)
みたいな シチュエーション だったんですよね

 「このあいだ 五木ひろし来た?」
 「いや 来ざったんじゃろう」
 「なんだ 来なかったの~」
 「うん 最初の 1回や2回は
   来たんじゃろうけど」
 「(えっ 1回や2回は来たの?)
   ・・・ふーん 残念だったね」
 「これは 渡瀬ヨシヒコじゃね
   いや 弟のほうじゃったかいね」
 「これは 渡瀬恒彦だよ
   で お兄さんが 渡哲也だよ」
 「おお そうかね」

渡瀬ヨシヒコって
名前を間違えては いますけれど
パパの記憶力は まだまだ 大したものだと
思うのですよ

 「ボクが去年入院した 脳神経外科の先生
   あれは 北先生ちゅうんじゃね
   北ちゅうのも まぁ 珍しい名前じゃあるね」
 「そうねぇ?」
 「文筆家で 北杜夫ちゅうのがおるが
   あれも 医者の家系なんじゃね
   北先生ちゅうのも アレの親せきかもしれんな」
 「うんうん そうねぇ」
 「パパ 北杜夫っていうのはペンネームで
   本名は 斉藤宗吉っていうんだよ
   斎藤茂吉の 息子だよ」(^o^)
 「おお そうかね ペンネームかね・・・」

・・・と たびたまも 初めのうちこそ
いちいち 訂正していましたが
どうやら パパは この話題が お気に入りらしく(笑)
何度も何度も 同じ話を
うれしそうに 聞かせてくれるので
最近は たびたまも
「うんうん」と うなずいて 聞いています(笑)

なんだか パパと話していると
小さな子どもの話に 耳を傾けているような
気がしてくるんです

先週 やっぱり
この 入院したときの話が出たので
パパが 硬膜下血腫[こうまくか・けっしゅ]の
手術をしたときのことを 話してあげました

 「パパは 麻酔で眠っていたから
   覚えていないだろうけど
   あのときね パパは 2回 手術したんだよ」
 「ほう そうかね?」
 「パパが 手術しているあいだ
   わたしは 手術室の外のベンチで 待っていたんだけど
   ようやく ランプが消えて パパが運び出されてきたら
   頭に ストローみたいな管[くだ]が 通してあってね
   その管[くだ]の先に 袋がぶら下がってて
   そこに 頭の中から吸い出した血が
   溜[た]まるようになってたんだけど
   手術が終わったあと 先生がね
   パパの頭の中の 写真をとったら
   血の袋が 頭の中に いくつもあったんだけど
   管[くだ]が 途中で引っかかって
   上の方の袋にしか 届いてなかったんだって
   だから 『もう一回 さし直します』
   って また 手術室に 逆戻りしたんだよ
   だからね パパは 2回 同じ手術を受けたの」
 「ほう そうじゃったのかね
   ボクは そんなこと 全然 知らざった」
 「うん そりゃ 知ってたら大変だよ
   麻酔切れちゃって 痛くて手術どころじゃないよ(笑)」
 「そら そうじゃね(笑)」

じつは この話は 手術のあと
すでに パパに話したことで
入院中にも けっこう
ふつうに会話をしていたのですが
怪我をしたときから 1か月くらいのあいだの 記憶は
怪我が治るにつれて 薄れてしまったようです

 「あのときは 心配したねぇ
   こんなに元気になってくれて ほんとによかった
   手術する前より よっぽど 元気になったね」
 「こうまくした・けっしゅ ちゅうので
   ボクの知り合いで 死んだひとが おるそうな
   やっぱり わりあいに 大変なことじゃったんじゃね」
 「そうね 放っておいたら 危なかったよね
   でも パパ 転んで怪我したのが
   たまたま ●●医院で よかったじゃない?
   まわりに 人がいたから すぐ 救急車の手配してくれて
   ホームにも 連絡してくれて
   何もかも 迅速に うまく いったでしょう
   これが たまたま 人通りの少ないところで 倒れて
   だれにも気づいてもらえなかったら 大変だったよ」
 「うん ほんとじゃね」
 「ひょっとしたら ママが 助けてくれたのかもね?
   『わたしは 仕事が終わったから こっちへ来ちゃったけど
   パパはまだ 仕事が残っちょるんじゃから
   まだ 来ちゃいけん 帰りなさい』
   って 追い返されたんだよ きっと(笑)」
 「あはは そうかも しらんね」
 「パパは まだまだ 生きて
   しなきゃいけないことが あるんだよ!」
 「うん そうじゃね 仕事があるんじゃね
   まだ 仕事があるんじゃから 死んじゃおられんね
   よーし もうちょっと 頑張って 生きてみゅー」

パパの口から こんな言葉が 出るなんて
何だか うれしくて 胸がつまってしまいました

おととしより 去年 去年より 今年・・・
月日を重ねるにつれ
過去の つらい思い出は
少しずつ 記憶の ひだの奥に
消えていくようです

年をとって 少しだけ 物覚えが悪くなることは
案外 幸せなことなのかも しれません

少しだけトンチンカンな パパとの会話
あと何年 続けられるか わからないけれど
たびたまにとって いま とても 楽しいひとときです

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